🎓 レベル:基礎 | 重要度:A(必須)
📎 前提:経営戦略とは(競争優位=経済的利益 ROIC−WACC)
要点(BLUF)
- 戦略は3つのレベルに分かれます。全社戦略(どの事業で戦うか)・事業戦略(その事業でどう勝つか)・機能戦略(各機能でどう支えるか)。答える問いが違うので混同が失敗の元です。
- 全社戦略は「資源配分」の問題として定量化できます。古典的な BCG マトリクス(相対市場シェア × 市場成長率)でポートフォリオを4象限に可視化し、さらに事業別の経済的利益(01-01 の指標を事業単位に拡張)で「どこへ資本を回すか」を数値で判断します。
- 3レベルは独立ではなく、上から下へ整合していなければなりません(全社の方向に事業が、事業の優位に機能が奉仕する)。
1. 3つの戦略レベル
戦略を一枚岩で語ると曖昧になります。意思決定の主体と問いで分けると次の3層です。
| レベル | 主体 | 答える問い | 主な道具 |
|---|---|---|---|
| 全社(corporate) | 本社・経営トップ | どの事業領域で戦うか/資本をどう配分するか | ポートフォリオ分析・多角化・M&A |
| 事業(business) | 事業部 | その市場でどう競争優位を築くか | 基本戦略・ポジショニング |
| 機能(functional) | 各機能部門 | 事業戦略を生産・マーケ・R&D・人事でどう実行するか | 各機能の最適化 |
flowchart TD C["全社戦略:どの事業に資本を配分するか"] --> B1["事業A:どう勝つか"] C --> B2["事業B:どう勝つか"] B1 --> F1["機能戦略:生産・マーケ・R&D・人事"] B2 --> F2["機能戦略:生産・マーケ・R&D・人事"]
ポイントは上位が下位の前提を決めることです。全社が「クラウドに集中投資」と決めれば、その事業の競争戦略と機能戦略はその枠内で最適化されます。逆に機能の頑張り(例:生産効率化)だけでは、誤った事業に居続ける限り全社の価値は生まれません。事業戦略の中身は第4章、競争優位の源泉は競争優位とは(持続的競争優位の源泉)で深掘りします。本ノートは全社レベルを数値で扱う道具に焦点を当てます。
2. 全社戦略を数値で(その1):BCG マトリクス
複数事業を抱える本社は「どれに投資し、どれから撤退するか」を決めます。BCG の成長・シェアマトリクスは2軸で整理します。
- 相対市場シェア:規模の経済・経験効果による収益力の代理指標
これが 1 を超えれば自社が市場リーダー、下回れば追随者です。絶対シェアでなく「トップとの比」で測るのがミソです。
- 市場成長率:必要な投資額(成長市場ほどシェア維持に資金を食う)の代理指標
成長率とシェアの高低で4象限に分類します。
import numpy as np
import pandas as pd
# 全社(コーポレート)の事業ポートフォリオ(合成データ)
df = pd.DataFrame({
"事業": ["家電", "クラウド", "半導体", "携帯端末"],
"市場成長率": [0.03, 0.22, 0.15, 0.05],
"自社シェア": [0.30, 0.08, 0.25, 0.06],
"最大競合シェア": [0.18, 0.40, 0.20, 0.35],
"売上_億円": [1200, 300, 800, 250],
})
# 相対市場シェア = 自社シェア / 最大競合シェア(>1 なら市場リーダー)
df["相対シェア"] = df["自社シェア"] / df["最大競合シェア"]
# BCG 4象限分類(成長率10%・相対シェア1.0 を境界に)
g0, s0 = 0.10, 1.0
def quadrant(row):
hi_g = row["市場成長率"] >= g0
hi_s = row["相対シェア"] >= s0
if hi_g and hi_s: return "花形"
if not hi_g and hi_s: return "金のなる木"
if hi_g and not hi_s: return "問題児"
return "負け犬"
df["象限"] = df.apply(quadrant, axis=1)
print(df.to_string(index=False, float_format=lambda x: f"{x:.2f}"))
出力:
事業 市場成長率 自社シェア 最大競合シェア 売上_億円 相対シェア 象限
家電 0.03 0.30 0.18 1200 1.67 金のなる木
クラウド 0.22 0.08 0.40 300 0.20 問題児
半導体 0.15 0.25 0.20 800 1.25 花形
携帯端末 0.05 0.06 0.35 250 0.17 負け犬
出力の意味:4事業がきれいに4象限へ分かれました。
- 金のなる木(家電:低成長・高シェア):投資は少なくて済み、キャッシュを生む。ここで稼ぐ。
- 花形(半導体:高成長・高シェア):成長維持に投資が要るが、将来の金のなる木候補。
- 問題児(クラウド:高成長・低シェア):伸びる市場だがトップに離されている。集中投資して花形に育てるか、撤退かの選択。
- 負け犬(携帯端末:低成長・低シェア):撤退・売却の検討対象。
全社戦略の本質が見えます。金のなる木のキャッシュを、花形と有望な問題児に回す——本社は事業間の「銀行」として資本を再配分する存在だ、という含意です。
3. 全社戦略を数値で(その2):資本配分と経済的利益
BCG は市場シェアの代理指標でした。より直接的には、どの事業が資本コストを上回る利益を生んでいるかを 01-01 の経済的利益で測ります。事業単位に拡張すると:
import numpy as np
import pandas as pd
# 全社戦略の本質=資本配分。各事業の投下資本・ROIC・資本コスト(合成データ)
pf = pd.DataFrame({
"事業": ["家電", "クラウド", "半導体", "携帯端末"],
"投下資本": [1000, 250, 700, 200], # 億円
"ROIC": [0.11, 0.20, 0.16, 0.06],
"WACC": [0.08, 0.10, 0.09, 0.08],
})
# 経済的利益=(ROIC−WACC)×投下資本(01-01 の指標を事業単位に拡張)
pf["スプレッド"] = pf["ROIC"] - pf["WACC"]
pf["経済的利益"] = pf["スプレッド"] * pf["投下資本"]
total_cap = pf["投下資本"].sum()
total_ep = pf["経済的利益"].sum()
print(pf.to_string(index=False, float_format=lambda x: f"{x:.2f}"))
print(f"\n全社の投下資本合計:{total_cap:.0f} 億円")
print(f"全社の経済的利益合計:{total_ep:.1f} 億円")
best = pf.loc[pf['スプレッド'].idxmax(), '事業']
print(f"追加投資の優先候補(スプレッド最大):{best}")
出力:
事業 投下資本 ROIC WACC スプレッド 経済的利益
家電 1000 0.11 0.08 0.03 30.00
クラウド 250 0.20 0.10 0.10 25.00
半導体 700 0.16 0.09 0.07 49.00
携帯端末 200 0.06 0.08 -0.02 -4.00
全社の投下資本合計:2150 億円
全社の経済的利益合計:100.0 億円
追加投資の優先候補(スプレッド最大):クラウド
出力の意味:絶対額では半導体が最大の経済的利益(49億円)を稼ぎますが、追加1円あたりの妙味(スプレッド)が最も高いのはクラウド(0.10)です。資本コストを上回る幅が広い事業ほど、追加投資のリターンが大きい。一方、携帯端末はスプレッドがマイナス(−4億円)で価値を破壊しています——BCG で「負け犬」、経済的利益でも「価値破壊」と二重に撤退シグナルが出ました。全社戦略とは、こうして価値を破壊する事業から資本を引き上げ、スプレッドの高い事業へ振り向ける意思決定にほかなりません(多角化でシナジーが本当に生まれるかは第6章で検討します)。
⚠️ よくある誤解
- 「全社戦略と事業戦略は同じもの」ではない:前者は「どの土俵で戦うか」、後者は「その土俵でどう勝つか」。問いが違うので、片方の答えがもう片方を保証しません。
- 「BCG の負け犬=即撤退」ではない:相対シェアの定義(誰を最大競合とするか)や、他事業とのシナジー・顧客への必要性で判断は変わります。フレームワークは示唆であって結論ではありません。
- 「機能戦略は枝葉」ではない:事業戦略との**整合(fit)**がとれていない機能改善は、競争優位に結びつきません。活動間の整合がいかに優位を生むかは競争優位とは(持続的競争優位の源泉)と第4章で扱います。
関連ノート
- 経営戦略とは(前提・競争優位の定量化)
- 競争優位とは(持続的競争優位の源泉)(次のトピック・持続的競争優位の源泉)
- 第6章 成長戦略(多角化・シナジー・M&A の価値評価)/第2章 外部環境の分析(市場の魅力度)
- 市場シェア・需要そのものの分析はマーケティング・サイエンス、事業ポートフォリオの全社最適化を本テキストでは扱います
- 経営戦略テキスト 全体目次