🎓 レベル:発展 | 重要度:A(必須) 📎 前提:ブラウン運動の定義と性質、マルチンゲールの定義と例
要点(BLUF)
- 伊藤積分 は、被積分関数を各小区間の左端点で評価したリーマン和の()極限。左端点固定が決定的です。
- ブラウン運動は二次変分が正(ブラウン運動の定義と性質)なので、評価点を左にするか右にするかで積分値が変わります(普通の積分と違う)。
- 左端点を選ぶ報酬:(1) 伊藤積分はマルチンゲール、(2) 伊藤等長 が成り立つ。
概念
普通の積分 は、 が滑らかなら評価点をどこに取っても同じ値に収束します。しかしブラウン運動は粗く(二次変分が )、評価点の取り方が極限に残ります。伊達はここで「未来を見ない」=各区間の左端で被積分関数を評価する流儀を選びました。これにより積分が賭けの「現時点の手持ち情報だけで張るベット」になり、マルチンゲール性という宝が手に入ります。
数式による定式化
分割 (メッシュ→0)に対し、適合過程 の伊藤積分は
評価点が**左端 **であることが本質。代表計算:
普通の微積分なら ですが、 が余分に出ます。マルチンゲール性: はマルチンゲールで 。伊藤等長:
直観
要するに「ベットは結果を見る前に置く」。左端 は時刻 までの情報で決まり、次の増分 (平均0・未来)とは独立。だから各項の期待値が0になり、和もマルチンゲール(公平)。もし右端 を使うと、被積分関数と増分が相関してしまい、 のズレ(二次変分由来)が生じます。伊藤等長は「ばらつきは二乗を時間で積分した量」という、確率積分版のピタゴラスの定理です。
具体例
左端点和が に一致すること、右端点との差が二次変分 になること、伊藤等長が成り立つことを確認します。
import numpy as np
rng = np.random.default_rng(1)
n_paths, T, n_steps = 200000, 1.0, 2000
dt = T/n_steps
dB = rng.normal(0, np.sqrt(dt), size=(n_paths, n_steps))
B = np.concatenate([np.zeros((n_paths, 1)), np.cumsum(dB, axis=1)], axis=1)
left = (B[:, :-1]*dB).sum(axis=1) # 左端点(伊藤)
ito_theory = (B[:, -1]**2 - T)/2 # (B_T^2 - T)/2
print(f"E[左端点和]={left.mean():+.4f} E[(B_T^2-T)/2]={ito_theory.mean():+.4f} (ともに0)")
print(f"相関(左端点和, (B_T^2-T)/2)={np.corrcoef(left, ito_theory)[0,1]:.4f} (1で一致)")
right = (B[:, 1:]*dB).sum(axis=1) # 右端点(伊藤ではない)
print(f"右端点和-左端点和 の平均={(right-left).mean():.4f} (理論 二次変分=T={T})")
lhs = (left**2).mean(); rhs = ((B[:, :-1]**2).sum(axis=1)*dt).mean()
print(f"伊藤等長: E[(∫BdB)^2]={lhs:.4f} = E[∫B^2 dt]={rhs:.4f} (理論 T^2/2=0.5)")
# E[左端点和]=+0.0003 E[(B_T^2-T)/2]=+0.0003 (ともに0)
# 相関(左端点和, (B_T^2-T)/2)=0.9998 (1で一致)
# 右端点和-左端点和 の平均=1.0001 (理論 二次変分=T=1.0)
# 伊藤等長: E[(∫BdB)^2]=0.5026 = E[∫B^2 dt]=0.4991 (理論 T^2/2=0.5)
左端点和が経路ごとに と一致(相関0.9998)。右端点との差はちょうど二次変分 で、積分点の選択が値を変えることが見えます。伊藤等長も で成立。
他過程との関係
- 伊藤積分がマルチンゲールであることはマルチンゲールの定義と例の連続時間版。マルチンゲール性を保つために左端点を選ぶ、というのが設計思想です。
- 右端点と左端点の中点を取るとストラトノヴィッチ積分になり、普通の連鎖律が成り立つ代わりにマルチンゲール性を失います。物理では便利ですが、金融・確率論では伊藤が標準です。
数式の直観的意味
の は二次変分の落とし子です。 と分解すると、第1項が 、第2項が二次変分 。普通の関数なら第2項は消えますが、ブラウン運動では として残ります。これが伊藤の公式の補正項の源泉です。
⚠️ よくある誤解
- 積分点の選択は流儀の問題ではなく値を変える。滑らかな積分と違い、左端・右端・中点で別の値になります。「伊藤=左端」を徹底すること。
- 伊藤積分は経路ごとには定義できても、通常の意味の積分ではない。 極限(平均二乗収束)で定義され、各経路で別々に極限が取れるとは限りません。
- 被積分関数は適合(未来を見ない)でなければならない。 が時刻 までの情報で決まることがマルチンゲール性の前提です。
対応シミュレーション
本文コードの n_steps を増やすと左端点和と の一致が精緻化します。ストラトノヴィッチ(中点)との比較は stochastic-processes-study/simulations/ に置きます。
関連
- 前提:ブラウン運動の定義と性質、マルチンゲールの定義と例
- 次に読む:伊藤の公式
- 発展:確率微分方程式とEuler-Maruyama