🎓 レベル:標準 | 重要度:A(必須) 📎 前提:マルコフ連鎖とは・遷移行列、状態の分類
要点(BLUF)
- 定常分布 は を満たす分布。一度この分布になると、以後ずっと分布が変わりません(連鎖の平衡状態)。
- 収束定理:既約・非周期で正再帰なら、定常分布は唯一で、任意の初期分布から に収束します。
- エルゴード定理:1本の長い軌道の「各状態への滞在割合」が、空間平均 に一致します(時間平均=空間平均)。MCMC が成立する理論的根拠です。
概念
連鎖を長く走らせると、初期状態の影響が薄れ、各状態を訪れる頻度が一定の分布に落ち着きます。これが定常分布です。さらに重要なのは、1本の長い軌道を観測するだけで(多数の軌道を平均しなくても)この分布が推定できること — これがエルゴード性で、サンプリング手法の根幹です。
数式による定式化
行ベクトル が定常分布とは
これは が固有値1に対応する の左固有ベクトルであることを意味します。既約・非周期なら(ペロン=フロベニウスの定理により)固有値1は単純で、対応する正の固有ベクトルがただ1つ。収束定理は
エルゴード定理(時間平均=空間平均)は、関数 に対し
直観
要するに「スタート地点を忘れて平衡に落ち着く」。遷移行列 の繰り返し作用は、固有値1の方向(=)だけを残し、それ以外の固有値(絶対値 )の成分を指数的に潰します。だから収束の速さは「2番目に大きい固有値の絶対値(スペクトルギャップ)」で決まります。非周期性は「固有値 のような振動成分がない」ことを保証します。
具体例
3状態の連鎖で、左固有ベクトルとしての 、 の収束、長時間軌道の滞在割合(エルゴード)の三者一致を確認します。
import numpy as np
P = np.array([[0.5, 0.4, 0.1],
[0.2, 0.5, 0.3],
[0.3, 0.3, 0.4]])
vals, vecs = np.linalg.eig(P.T) # 左固有ベクトル = P^T の固有ベクトル
pi = np.real(vecs[:, np.argmin(np.abs(vals - 1))]); pi = pi / pi.sum()
print("定常分布 pi =", np.round(pi, 4))
print("pi P =", np.round(pi @ P, 4), "(piと一致)")
print("P^50 第0行 =", np.round(np.linalg.matrix_power(P, 50)[0], 4))
rng = np.random.default_rng(5)
M = 1500000; s = 0; counts = np.zeros(3)
cP = np.cumsum(P, axis=1); u = rng.random(M)
for k in range(M):
counts[s] += 1
s = np.searchsorted(cP[s], u[k])
print("長時間滞在割合 =", np.round(counts / M, 4), "(piと一致=エルゴード)")
# 定常分布 pi = [0.3231 0.4154 0.2615]
# pi P = [0.3231 0.4154 0.2615] (piと一致)
# P^50 第0行 = [0.3231 0.4154 0.2615]
# 長時間滞在割合 = [0.3232 0.4155 0.2613] (piと一致=エルゴード)
固有ベクトル・行列べき乗の収束・1本の長い軌道の滞在割合 — 3つの独立な計算がすべて同じ を指します。
他過程との関係
- 定常分布の存在・一意・収束は定常分布と詳細釣り合いで連続時間版へ拡張されます()。
- 収束を設計目標として逆に遷移を作るのが詳細釣り合いと可逆連鎖=MCMC。狙った に収束する連鎖を組み立てます。
数式の直観的意味
(定常確率=平均回帰時間の逆数)という関係が、状態の分類の正再帰と定常分布を結びます。よく戻る状態ほど(回帰時間が短いほど)定常確率が高い、という自然な対応です。スペクトルギャップが小さい連鎖は「混ざりにくく」収束が遅い — これが MCMC の収束診断の核心になります。
⚠️ よくある誤解
- 定常分布があっても収束するとは限らない。周期的な連鎖(状態の分類の周期2)は を持ちますが、 は振動して収束しません。非周期性が必須。
- 「定常 = 各状態が等確率」ではない。 は一般に非一様。一様になるのは対称な連鎖(二重確率行列)のときだけです。
- エルゴードは時間平均についての主張。各時刻の分布 が に収束する(弱収束)のと、1本の軌道の長期割合が になる(エルゴード)のは別の定理で、後者が MCMC を支えます。
対応シミュレーション
本文コードの を変えて2番目の固有値の絶対値を大きくすると、 の収束と滞在割合の収束がともに遅くなる(混合が遅い)様子が観察できます。
関連
- 前提:状態の分類
- 次に読む:詳細釣り合いと可逆連鎖
- 応用:定常分布と詳細釣り合い、MCMC(→ベイズ・シミュレーション)、自己相関と過程の特徴づけ