🎓 レベル:標準 | 重要度:A(必須) 📎 前提:連続時間マルコフ連鎖と生成行列、詳細釣り合いと可逆連鎖
要点(BLUF)
- 連続時間の定常分布 は (確率の流入と流出が全状態で釣り合う=大域釣り合い)。離散の に対応します。
- 詳細釣り合い(連続時間版):。これを満たせば が自動的に従い、連鎖は可逆。
- 既約な CTMC が定常分布を持てば一意で、 の各行は で に収束します(周期性の問題がない分、離散より素直)。
概念
離散時間で学んだ定常分布・収束・詳細釣り合い(定常分布と収束詳細釣り合いと可逆連鎖)を、生成行列 の言葉に翻訳します。本質は同じ「平衡」ですが、連続時間では周期性が存在しないため、既約なら常に収束する、という嬉しい簡明さがあります。
数式による定式化
大域釣り合い(定常分布):
成分で書くと、各状態 で「流入=流出」:
詳細釣り合い(局所釣り合い):
これを について和をとると 、 の行和0( を列で読み替え)から が従います。詳細釣り合いを満たす CTMC が可逆です。
直観
要するに「定常状態では各状態の確率が時間で動かない」。 は「どの状態も、入ってくる確率の流れと出ていく流れが釣り合っている」こと。詳細釣り合いはさらに強く「どの2状態ペアでも個別に流れが釣り合う」。離散の が連続の に変わっただけで、釣り合いの論理は同一です。
具体例
出生死亡型の4状態 CTMC で、 を解いて定常分布を求め、詳細釣り合いが各隣接ペアで成り立つことを確認します。
import numpy as np
b = [1.0, 0.8, 0.5] # i -> i+1 の率
d = [1.2, 1.0, 0.9] # i -> i-1 の率(状態1,2,3から)
Q = np.zeros((4, 4))
for i in range(3):
Q[i, i+1] = b[i]; Q[i, i] -= b[i]
for i in range(1, 4):
Q[i, i-1] = d[i-1]; Q[i, i] -= d[i-1]
# pi Q = 0, sum(pi)=1 を最小二乗で解く
A = np.vstack([Q.T, np.ones(4)])
rhs = np.array([0, 0, 0, 0, 1.0])
pi, *_ = np.linalg.lstsq(A, rhs, rcond=None)
print("定常分布 pi =", np.round(pi, 4))
print("pi Q =", np.round(pi @ Q, 8), "(0ベクトル)")
for i in range(3): # 詳細釣り合い
print(f"i={i}: pi_i*q(i,i+1)={pi[i]*Q[i,i+1]:.5f} vs pi_(i+1)*q(i+1,i)={pi[i+1]*Q[i+1,i]:.5f}")
# 定常分布 pi = [0.3484 0.2903 0.2323 0.129 ]
# pi Q = [-0. 0. 0. -0.] (0ベクトル)
# i=0: pi_i*q(i,i+1)=0.34839 vs pi_(i+1)*q(i+1,i)=0.34839
# i=1: pi_i*q(i,i+1)=0.23226 vs pi_(i+1)*q(i+1,i)=0.23226
# i=2: pi_i*q(i,i+1)=0.11613 vs pi_(i+1)*q(i+1,i)=0.11613
がゼロベクトル(定常)で、各隣接ペアの上り流れと下り流れが厳密に一致(詳細釣り合い=可逆)しています。
他過程との関係
- これは定常分布と収束詳細釣り合いと可逆連鎖の連続時間版。出生死亡過程の積形式解は、ここでの詳細釣り合いを下から順に解いた結果です。
- 連続状態空間へ拡張すると、定常分布は生成作用素の随伴に対する方程式(フォッカー=プランク方程式)になります(確率微分方程式とEuler-Maruyama)。
数式の直観的意味
は「 が の左零空間にある(固有値0の左固有ベクトル)」こと。 の固有値は実部が非正で、唯一の0固有値が定常分布、それ以外の負の実部が緩和(収束)の速さを与えます。離散時間で収束を妨げた周期性(固有値が単位円上で など)は、連続時間では存在しません( が振動的固有値を持たない)。だから既約な CTMC は常に定常分布へ収束します。
⚠️ よくある誤解
- 連続時間に「非周期性」の条件は要らない。既約なら収束します。周期性は離散時間特有の障害です。
- 大域釣り合いと詳細釣り合いは別物。すべての定常分布が詳細釣り合いを満たすわけではありません(閉路を一方向に回る非可逆な定常流が存在しうる)。出生死亡のような一次元構造では自動的に可逆になります。
- の数値解はスケールに注意。 の零空間ベクトルは定数倍の自由度があるので、 で正規化が必須です。
対応シミュレーション
本文の を変えても と詳細釣り合いは保たれます。閉路を持つ非可逆な3状態リング( の一方向に強い率)を作ると、定常分布はあるが詳細釣り合いが破れる例が観察できます(stochastic-processes-study/simulations/)。
関連
- 前提:連続時間マルコフ連鎖と生成行列、詳細釣り合いと可逆連鎖
- 章のまとめ:連続時間マルコフ連鎖 目次
- 発展:確率微分方程式とEuler-Maruyama(連続状態版の定常)