要点(BLUF)
- 単純ランダムウォーク:各ステップで隣の格子点へ等確率に動く、独立増分を持つマルコフ連鎖。確率過程の最も基本的な例です。
- ポリアの定理:対称単純ランダムウォークは1次元・2次元では再帰(確率1で原点に戻る)、3次元以上では過渡(戻らない確率が正)。
- 「酔っぱらいは家に帰れるが、酔った鳥は帰れない」 — 次元が上がると逃げ道が増え、再帰性が壊れます。
概念
ランダムウォークは、独立な小さな変位を足し続ける過程です(定常性と独立増分の独立増分の典型)。マルコフ連鎖としては「今の位置だけで次が決まる」連鎖。その最も劇的な性質が、戻ってこられるかどうかが空間の次元で切り替わることです。低次元では動ける方向が限られ必ず原点を踏み直しますが、高次元では広大な空間に拡散して二度と戻らなくなります。
数式による定式化
上の対称単純ランダムウォーク:、各 は 個の単位方向ベクトルを等確率 でとる。原点回帰確率 とし、回帰のしやすさは
で判定します(状態の分類の再帰判定そのもの)。局所中心極限定理より なので、
これがポリアの定理です。 の回帰確率は (ポリアの定数)。
直観
要するに「次元が上がると逃げ道が増える」。1次元では左右しかなく、拡散の幅 に対し原点近傍にいる確率が と大きいので、足し合わせると無限回原点を踏みます。3次元では位置が のオーダーで広がる空間(体積 )に薄く散らばり、原点にいる確率 が速く減るため、総訪問回数が有限で済んでしまう。発散と収束の境目がちょうど にあります。
具体例
1〜3次元で「ある歩数以内に原点へ回帰した割合」を測り、歩数を倍にしたときの挙動を見ます。再帰()は1へ向かって増え続け、過渡()はポリア定数付近で頭打ちになるはずです。
import numpy as np
def return_frac(d, n_steps, n_walks=40000, seed=9):
rng = np.random.default_rng(seed)
pos = np.zeros((n_walks, d), dtype=np.int32)
returned = np.zeros(n_walks, dtype=bool)
idx = np.arange(n_walks)
for _ in range(n_steps):
ax = rng.integers(0, d, size=n_walks) # 動かす軸
sign = rng.integers(0, 2, size=n_walks) * 2 - 1
pos[idx, ax] += sign
returned |= ~pos.any(axis=1) # 原点に戻ったか
return returned.mean()
for d in [1, 2, 3]:
print(f"d={d}: 2000歩={return_frac(d, 2000):.3f} 8000歩={return_frac(d, 8000):.3f}")
# d=1: 2000歩=0.982 8000歩=0.991
# d=2: 2000歩=0.701 8000歩=0.735
# d=3: 2000歩=0.334 8000歩=0.338
はほぼ1、 は歩数を増やすとさらに1へ近づく(再帰だが対数的に遅い)。 は歩数を4倍にしても 0.334→0.338 とほぼ動かず、ポリア定数 で飽和します — これが過渡の証拠です。
他過程との関係
- ランダムウォークのスケール極限がブラウン運動の定義と性質(ドンスカーの定理)。離散の足し算が連続の拡散になります。
- 中心化されたランダムウォークはマルチンゲールの定義と例の最も基本的なマルチンゲールで、その停止問題が停止時刻と任意停止定理のギャンブラーの破産に直結します。
数式の直観的意味
ポリアの定理の本質は「 の収束・発散」、つまり拡散の速さ(幅 )と空間の広さ(次元 )の競争です。2次元は拡散が空間をちょうど埋め尽くす臨界次元で、再帰ではあるが平均回帰時間は無限(零再帰)。だから定常分布と収束の定常分布は存在しません(正再帰ではないため)。
⚠️ よくある誤解
- 2次元は再帰だが「すぐ戻る」わけではない。零再帰なので平均回帰時間は無限。シミュレーションで の回帰割合が1から遠いのはこのためで、過渡だからではありません。
- 「過渡=戻らない」ではなく「戻らない確率が正」。 でも約34%は戻ります。ただし戻る回数の期待値が有限。
- 有限グラフ上のランダムウォークは常に再帰。ポリアの定理は無限格子 の話です。
- 非対称(ドリフトあり)なら1次元でも過渡。対称性が再帰の鍵です。
対応シミュレーション
本文コードの n_steps をさらに増やすと、 の回帰割合がゆっくり1へ近づき、 が 0.34 付近で動かない対比が一層はっきりします。stochastic-processes-study/simulations/ に格子ウォークの可視化を置きます。
関連
- 前提:状態の分類、定常性と独立増分
- 章のまとめ:マルコフ連鎖 目次
- 発展:マルチンゲールの定義と例、ブラウン運動の定義と性質