🎓 レベル:基礎 | 重要度:A(必須)
📎 前提:意思決定問題の構造(行動・状態・結果・利得表) | 関連:期待効用と効用関数(逆説の解決)
要点(BLUF)
- 期待値原理=「期待値(金額の平均)が最大の選択肢を選ぶ」という素朴な規範は、多くの場面で有効ですが万能ではありません。
- 反例がサンクトペテルブルクの逆説:期待値が無限大のくじなのに、誰も大金を払ってまで参加しようとしません。
- 解決は「金額そのものではなく、金額の効用(嬉しさ)で評価する」こと。効用が逓減(お金が増えるほど追加の嬉しさが小さくなる)するなら、期待”効用”は有限になります。これが期待効用と効用関数の出発点です。
1. 期待値原理:素朴だが強力
くじ(不確実な選択肢)を、もらえる金額の期待値で評価して、最大のものを選ぶ——これが**期待値原理(expected value principle)**です。
多くの実務(保険の保険料計算、反復のある投資)ではこれで十分機能します。同じ賭けを何度も繰り返せるなら、大数の法則で平均は期待値に近づくからです。問題は、一回限りで・金額が極端にばらつくときに起きます。
2. サンクトペテルブルクの逆説
次のくじを考えます。公正なコインを表が出るまで投げ続け、 回目で初めて表が出たら 円もらえる。 回目に初めて表が出る確率は です。期待賞金は
各項がきっかり1で、足し続けると無限大に発散します。期待値原理に従えば「いくら払ってでも参加すべき」——ところが現実には、ほとんどの人は数百円も払いません。これがサンクトペテルブルクの逆説(Daniel Bernoulli, 1738)です。
import numpy as np
# 賞金 2^k(確率 1/2^k)。各項の寄与は (1/2^k)*2^k = 1 でずっと一定 -> 発散
n_terms = 30
contrib = np.array([(0.5**k) * (2.0**k) for k in range(1, n_terms+1)])
print("各項の寄与(最初の5項):", contrib[:5])
print(f"{n_terms}項までの期待値(部分和)= {contrib.sum():.1f}")
出力:
各項の寄与(最初の5項): [1. 1. 1. 1. 1.]
30項までの期待値(部分和)= 30.0
出力の意味:各項の寄与がずっと 1 のまま——項を増やすほど部分和は際限なく増えます(30項で30、100項で100)。数学的には期待値は無限大。にもかかわらず人が大金を払わないのは、「莫大だがほぼ起きない賞金」の寄与を、人はそれほど重く感じないから。期待値はこの心理を捉えられません。
3. 解決:効用の期待値で評価する
Bernoulli の解決は「人が評価するのは金額そのものではなく、金額がもたらす効用(嬉しさ)だ」というものでした。効用が逓減する(例:)なら、巨額の賞金の効用は頭打ちになり、期待効用は有限に収まります。
底2の対数効用 で、このくじの期待効用を計算してみます。
import numpy as np
# 対数効用なら有限:E[log2(賞金)] = sum (1/2^k)*log2(2^k) = sum k/2^k
exp_log = np.sum([(0.5**k) * np.log2(2.0**k) for k in range(1, 200)])
print(f"対数効用(底2)の期待効用 = {exp_log:.4f}")
# 確実性等価:この期待効用と同じ効用を与える確実な金額
print(f"確実性等価 = 2^(期待効用) = {2**exp_log:.2f} 円")
出力:
対数効用(底2)の期待効用 = 2.0000
確実性等価 = 2^(期待効用) = 4.00 円
出力の意味:効用で評価すると、無限大だった価値が期待効用 2.0(確実な4円ぶんの嬉しさ)にまで縮みます。 という収束級数のおかげです。「逆説の正体は、無限大の金額を有限の効用に変換しなかったこと」だった——これが、結果ではなく結果の効用の期待値で選ぶべきという、期待効用と効用関数の動機です。
数式の直観的意味:発散の止め方
が発散するのは、賞金 が確率の減り とちょうど打ち消し合うからです。効用 が**凹(逓減)**なら、 は ほど速く増えません。例えば は について線形でしかなく、 は収束します。効用関数の凹性が、賞金の爆発を抑えて期待値を有限化する——リスク回避(リスク選好と効用の凹凸)の数理的な核心がここに既に現れています。
⚠️ よくある誤解
- 「期待値原理は間違い」ではない:反復できる・金額が穏やかな状況では期待値で十分です。限界が出るのは一回限りで裾が極端なとき。道具の適用範囲の問題です。
- 「対数効用を使えば全部解決」ではない:賞金を のように増やせば、対数効用でも期待効用は発散します(超サンクトペテルブルク)。どんな非有界効用も破れる賭けを作れるため、効用は有界とする立場もあります。効用の選択は経験的・公理的な問題です。
- 「効用=お金の対数」ではない:対数は一例にすぎません。効用関数の形は人によって違い、リスク選好を反映します(次ノート)。
対応シミュレーション
本文のコードで、項数を増やすと期待値(金額)が発散する一方、対数効用の期待効用が 2.0 に収束する対比を確かめられます。効用関数を など他の凹関数に変えても収束を保つことを試せます。
関連ノート
- 第2章 期待効用理論 目次
- 意思決定問題の構造(行動・状態・結果・利得表) — 前提:くじ(行)の評価という見方
- 期待効用と効用関数 — 次のトピック:逆説を解く期待効用の枠組み
- リスク選好と効用の凹凸 — 効用の凹性がリスク回避を生む
- 意思決定分析・リスク分析 全体目次