🎓 レベル:標準 | 重要度:A(必須)
📎 前提:期待値原理とその限界(サンクトペテルブルクの逆説)・合理的意思決定のプロセス | 関連:リスク選好と効用の凹凸
要点(BLUF)
- 期待効用理論:くじを「金額の期待値」でなく「効用の期待値(期待効用)」で評価し、最大のものを選ぶ。
- これは恣意的な仮定ではなく、von Neumann–Morgenstern(vNM)の4公理——完備性・推移性・連続性・独立性——を満たす選好なら、必ずある効用関数 の期待値 で表現できる、という表現定理から導かれます。
- 効用関数は正のアフィン変換()の自由度を持ちます。意思決定に効くのは効用の絶対値ではなく差の比です。
1. 期待効用:定義
くじ が結果 を確率 で与えるとき、その期待効用は
です。意思決定者は が最大のくじを選びます。期待値原理とその限界(サンクトペテルブルクの逆説)の期待値原理は、(線形効用)という特別な場合にすぎません。効用 を曲げることで、リスクへの態度を表現できるようになります。
具体例で「期待値では損だが期待効用では得」という逆転を見ます。くじ =50%で0円・50%で100万円、安全策 =確実に40万円。効用は (万円)とします。
import numpy as np
u = lambda w: np.sqrt(w) # 凹効用(リスク回避者)
EV_lottery = 0.5*0 + 0.5*100 # くじの期待値(万円)
EU_lottery = 0.5*u(0) + 0.5*u(100) # くじの期待効用
EU_safe = u(40) # 確実な40万の効用
print(f"くじの期待値 = {EV_lottery:.1f} 万円")
print(f"くじの期待効用 = {EU_lottery:.4f}")
print(f"確実な40万の効用 = {EU_safe:.4f}")
print("期待効用で選ぶと ->", "安全策(40万)" if EU_safe > EU_lottery else "くじ")
出力:
くじの期待値 = 50.0 万円
くじの期待効用 = 5.0000
確実な40万の効用 = 6.3246
期待効用で選ぶと -> 安全策(40万)
出力の意味:期待値で見るとくじ(50万)が安全策(40万)より上ですが、期待効用で見ると安全策(6.32)がくじ(5.00)を上回ります。金額を効用に通すと順位が逆転する——効用関数 の凹みが、「当たれば大きいが外せばゼロ」のばらつきにペナルティを課しているからです。この10万円ぶんの差(期待値50 vs 効用上の確実性等価)が、リスク回避の対価です(確実性等価とリスクプレミアム)。
2. von Neumann–Morgenstern の4公理
なぜ「効用の期待値」という形でよいのか。それは選好 が次の4公理を満たすなら、 となる効用 が存在する、と保証されているからです(vNM 表現定理)。
- 完備性(completeness):任意の2つのくじを比較できる( か )。
- 推移性(transitivity):(好みが循環しない)。
- 連続性(continuity): なら、 と の混合くじで とちょうど無差別にできる確率が存在する。
- 独立性(independence): なら、第三のくじ と同じ確率 で混ぜても順位は不変:。
完備性・推移性は「選好が一貫した順序であること」(合理的意思決定のプロセスの合理性)、連続性は「効用に数値を貼れること」、そして独立性が「期待値という線形の形」を生む鍵です。共通部分 を足し引きしても順位が変わらない、という線形性が、 の和の形に直結します。
3. 効用関数の一意性:アフィン変換の自由度
vNM 効用は正のアフィン変換まで一意です。 が選好を表すなら、 も同じ選好を表します。なぜなら で、 なら大小関係が保たれるからです。
つまり効用の絶対値や原点には意味がなく、意味があるのは差の比だけ。「効用が2倍だから2倍幸せ」とは言えません(基数的でなく、差の比だけが基数的)。これは温度の摂氏・華氏のような関係で、ゼロ点とスケールは自由に選べます。実務では「最悪の結果を 、最良を 」と正規化すると比較が楽になります(多属性効用理論(MAUT)で多属性に拡張)。
数式の直観的意味:独立性が線形性を生む
期待効用が「効用の重み付き和」という線形の形をとる根拠は、独立性公理にあります。くじ の評価が と分解できる——確率に関して評価が線形——というのが独立性の数学的内容です。だからこそ確率 が効用 にそのまま重みとして掛かります。第8章のプロスペクト理論は、まさにこの「確率がそのまま重みになる」線形性を壊し(確率加重関数)、現実の選好に合わせます。期待効用の強さも弱さも、独立性公理の一点に集約されています。
⚠️ よくある誤解
- 「効用=お金」ではない:効用は金額を「嬉しさ」に変換した別の軸です。同じ1万円でも、貧しいときと豊かなときで効用の増分は違います(限界効用逓減)。
- 「期待効用が大きい=期待金額が大きい」ではない:上の例の通り、効用の凹凸で順位は逆転します。期待効用最大化はリスク選好を内蔵した規範です。
- 「公理は自明」ではない:とくに独立性公理は、現実の人間がしばしば破ります(期待効用への反例(Allais・Ellsberg)の Allais)。公理を疑うことが行動意思決定(第8章)への入口です。
対応シミュレーション
本文のコードは、同じ選択肢を「期待値」と「期待効用」の2つの目で評価する最小例です。効用関数 を や指数型に差し替えると、順位の逆転が起きる条件が見えてきます。
関連ノート
- 第2章 期待効用理論 目次
- 期待値原理とその限界(サンクトペテルブルクの逆説) — 前提:期待値原理の破綻が動機
- 合理的意思決定のプロセス — 完備性・推移性という合理性の公理
- リスク選好と効用の凹凸 — 次のトピック:効用の凹凸とリスク選好
- 期待効用への反例(Allais・Ellsberg) — 独立性公理の破れ(Allais・Ellsberg)
- プロスペクト理論 — 期待効用の記述的な修正
- 意思決定分析・リスク分析 全体目次