🎓 レベル:標準 | 重要度:A(必須)
📎 前提:リアルオプションの考え方 | 関連:二項モデルによる評価・投資・設備判断の意思決定
要点(BLUF)
- 経営判断に埋め込まれた代表的なリアルオプション:延期(待つ)・拡大(好調時に上乗せ投資)・撤退(不調時に資産を売却)。
- いずれも「下方を切り、上方を取る」非対称性で価値を生みます。撤退は下方の損失に床(salvage)を入れ、拡大は上方の利益を伸ばす。
- これらのオプションを織り込むと、静的NPVには現れない価値が乗ります。投資評価では「この案にどんなオプションが埋まっているか」を見抜くことが重要です。
1. 3つの代表的オプション
リアルオプションは、いつ・どう柔軟性を発揮するかで分類されます。
- 延期オプション(option to defer/wait):不確実性が晴れるまで投資を遅らせる権利(リアルオプションの考え方で扱った)。
- 拡大オプション(option to expand):好調なら追加投資して規模を拡大する権利。成長オプションとも。
- 撤退オプション(option to abandon):不調なら事業を畳み、資産を売却価値(salvage)で回収する権利。
他にも縮小・延長・切替(生産物の転換)などがありますが、評価の発想は共通——各シナリオで「オプションを行使する/しない」を比較し、有利な方を取る(決定木の決定ノードと同じ)。
2. 撤退・拡大オプションを評価する
ベース投資:コスト100、1年後に好調200(0.5)か不調40(0.5)。まず素のNPV、次に撤退・拡大オプションを足します。
import numpy as np
cost = 100
good, bad, p = 200, 40, 0.5
# ベースNPV(オプションなし、必ず最後まで継続)
npv_base = p*good + (1-p)*bad - cost
print(f"ベースNPV(オプションなし)= {npv_base:.1f}")
# 撤退オプション:不調なら資産を売却価値70で手放す(損失に床)
salvage = 70
npv_abandon = p*good + (1-p)*max(bad, salvage) - cost
print(f"撤退オプションあり = {npv_abandon:.1f} -> 撤退の価値 = {npv_abandon - npv_base:.1f}")
# 拡大オプション:好調なら追加投資50で価値を2倍に(上方を伸ばす)
expand_cost = 50
npv_expand = p*max(good, 2*good - expand_cost) + (1-p)*bad - cost
print(f"拡大オプションあり = {npv_expand:.1f} -> 拡大の価値 = {npv_expand - npv_base:.1f}")
出力:
ベースNPV(オプションなし)= 20.0
撤退オプションあり = 35.0 -> 撤退の価値 = 15.0
拡大オプションあり = 95.0 -> 拡大の価値 = 75.0
出力の意味:素のNPVは20。撤退オプションは、不調時に価値40の事業を売却価値70で手放せるので、不調の利得が40→70に底上げされ、価値が15増えます(下方に床を入れた効果)。拡大オプションは、好調時に50追加投資して価値を200→350()に伸ばせるので、価値が75も増える(上方を伸ばした効果)。同じ事業でも、埋まっているオプションを行使できるかで価値が大きく変わる——撤退は守りの、拡大は攻めの柔軟性です。
3. オプションの価値はどこから来るか
3つのオプションに共通する価値の源泉は、リアルオプションの考え方で見た非対称性です。各オプションがペイオフのどこを変えるかを見ると明確です。
- 撤退:悪いシナリオの利得を に置き換え、下方に床を作る。プットオプション(売る権利)に相当。
- 拡大:良いシナリオの利得を に置き換え、上方を伸ばす。コールオプション(買い増す権利)に相当。
- 延期:両方を「状態を見てから決める」に置き換え、悪いシナリオを丸ごと回避。
いずれも という形で、意思決定者が事後に有利な方を選べることが価値を生みます。 は凸関数なので、 により、ばらつき(不確実性)が大きいほど価値が増える。これが「不確実性が柔軟性の価値を高める」(リアルオプションの考え方)の正体で、撤退・拡大でも同じです。
数式の直観的意味:埋め込まれたオプションは「無料の保険・宝くじ」
撤退オプションは、悪いシナリオでの損失を売却価値で打ち切る——これはプット(損失に保険) です。拡大オプションは、良いシナリオで追加投資して利益を伸ばす——コール(上昇への宝くじ)。投資案件の真の価値は、
と分解できます。オプションの価値は常に非負(行使しない自由があるから損はしない)なので、柔軟性を見落とすと必ず過小評価になります。経営判断では「このプロジェクトに撤退の余地はあるか」「成功したら拡大できる設計か」を問うことが、価値を作り込む作業になります。これらオプションを厳密に価格付けるには無裁定評価(二項モデルによる評価の二項モデルや金融工学のブラック–ショールズ)が要りますが、意思決定としての構造はこの の足し算で尽きています。
⚠️ よくある誤解
- 「オプションは無料」ではない:撤退には売却損や契約コスト、拡大には設備の余力確保コスト、延期には先行者利益の喪失が伴います。オプションの価値から、それを持つコストを引いて判断します。
- 「オプションを足し算できる」とは限らない:複数のオプションが相互作用すると価値は単純加算できません(撤退できるなら拡大の価値が変わる等)。複合オプションは格子モデルでまとめて評価します。
- 「拡大の価値が大きいから即投資」ではない:拡大オプションの価値は「将来拡大できる権利」の価値で、今すぐ拡大すべきという意味ではありません。行使は好調が確認できてから。
- 「静的NPVがマイナスなら却下」ではない:埋め込まれたオプションを足すとプラスになる案件は多い。NPVだけで切り捨てると柔軟性の価値を捨てます。
対応シミュレーション
本文のコードで、売却価値や拡大の倍率・コストを変えると、各オプションの価値が変わります。不調・好調の差(ボラティリティ)を広げると、撤退・拡大の価値がともに増えることも確認できます。
関連ノート
- 第7章 リアルオプションと逐次決定 目次
- リアルオプションの考え方 — 前提:柔軟性の価値と非対称性
- 二項モデルによる評価 — 次のトピック:オプションを格子で評価する
- 投資・設備判断の意思決定 — 静的NPVにオプションを足す
- 意思決定分析・リスク分析 全体目次