🎓 レベル:発展 | 重要度:B(推奨)
📎 前提:延期・拡大・撤退オプション・決定木と後ろ向き帰納 | 関連:金融工学(二項オプション価格モデル)
要点(BLUF)
- 二項モデル(binomial lattice) は、プロジェクト価値が各期に一定率で上昇 か下落 に分かれると仮定し、価値の格子を組んで多期間のオプションを評価する手法です。
- 評価は満期から後ろ向き帰納(決定木と後ろ向き帰納):各ノードで「今行使する価値」と「待つ価値」を比べ、有利な方を取って遡ります。
- 多期間・早期行使を扱える柔軟さが利点。価格付けの厳密な根拠(無裁定・リスク中立確率)は金融工学のturfで、ここでは意思決定としての「格子を遡る」構造に集中します。
1. 二項格子:価値の枝分かれ
プロジェクト価値 が、1期ごとに確率的に (上昇)または (下落)になると仮定します()。これを複数期つなぐと、価値の取りうる経路が格子(lattice) を描きます。上昇・下落の順序は問わない(再結合する)ので、 期で末端は 個——決定木の指数爆発を抑えられます。
オプション(例:コスト を払って価値 のプロジェクトに投資する権利=延期オプション)の価値を、満期の各ノードで と置き、後ろ向きに遡ります。各ノードでの「待つ価値」は、次期2ノードの価値をリスク中立確率 で重みづけて割り引いたもの:
リスク中立確率は「無裁定(裁定機会がない)ように調整した確率」で、その正当化は金融工学に譲ります。ここでは「格子を遡るための重み」として使います。
2. 後ろ向き帰納で延期オプションを評価
プロジェクト価値 、・、2期、投資コスト 、無リスク金利 /期。各ノードで「今投資(行使)」と「待つ」を比較します(早期行使を許すアメリカン型)。
import numpy as np
S0, u, d, K, r, n = 100, 1.3, 0.7, 100, 0.05, 2
q = ((1+r) - d) / (u - d) # リスク中立確率
print(f"リスク中立確率 q = {q:.4f}")
def S(i, j): # i期、上昇j回のプロジェクト価値
return S0 * (u**j) * (d**(i-j))
# 満期(n期)のオプション価値 = max(S-K, 0)
opt = {(n, j): max(S(n, j) - K, 0) for j in range(n+1)}
# 後ろ向きに、各ノードで「待つ vs 今投資」を比較
for i in range(n-1, -1, -1):
for j in range(i+1):
hold = (q*opt[(i+1, j+1)] + (1-q)*opt[(i+1, j)]) / (1+r) # 待つ
exercise = max(S(i, j) - K, 0) # 今投資
opt[(i, j)] = max(hold, exercise)
print(f"延期オプションの価値(0期)= {opt[(0,0)]:.4f}")
print(f"参考:今すぐ投資のNPV = max(S0-K, 0) = {max(S0-K, 0):.1f}")
print(f"延期できることの価値 = {opt[(0,0)] - max(S0-K, 0):.4f}")
出力:
リスク中立確率 q = 0.5833
延期オプションの価値(0期)= 21.2963
参考:今すぐ投資のNPV = max(S0-K, 0) = 0.0
延期できることの価値 = 21.2963
出力の意味:今すぐ投資のNPVは ——ちょうどトントンで、静的に見れば「投資する価値なし」。ところが延期オプションとして格子で評価すると価値は21.3。 は損益ゼロでも、2期かけて上昇すれば まで伸びうる。その上振れだけを(コスト100を払って)取りに行ける権利に、21.3の価値があるのです。静的NPVがゼロでも、待つ柔軟性に大きな価値——リアルオプションの考え方の主張を多期間の格子で確かめた形です。
3. なぜ格子(二項)なのか
二項モデルの利点は、多期間・経路依存・早期行使を素直に扱えることです。
- 多期間:期を増やせば格子を細かくでき、連続時間モデル(ブラック–ショールズ)の近似になる。
- 早期行使:各ノードで「今行使 vs 待つ」を比較するだけ。アメリカン型オプションや、いつでも撤退・拡大できる柔軟性を自然に表現。
- 直感性:各ノードの判断が決定木と後ろ向き帰納の決定ノードそのもので、ブラックボックスがない。
決定木との違いは、状態が再結合する(上昇→下落と下落→上昇が同じノードに合流)こと。これで枝の数が指数でなく多項式( 期で ノード)に抑えられ、計算が現実的になります。逐次的なオプションを「格子の後ろ向き帰納」で解く——この発想を一般の状態・行動に拡張したのが、次の逐次意思決定と動的計画の動的計画です。
数式の直観的意味:リスク中立確率は「割引の付け替え」
なぜ実際の上昇確率 でなく、リスク中立確率 を使うのか。直観的には、 は「資産の期待リターンがちょうど無リスク金利 になるように調整した、仮想の確率」です。 が成り立つよう を選ぶと、リスクプレミアムを確率の側に押し込めて、割引を無リスク金利だけで済ませられる——リスク調整を「割引率」から「確率」へ付け替える技です。これにより、リスク選好を仮定せずにオプションを一意に評価できます(無裁定価格)。この付け替えが正当なのは、オプションを原資産と無リスク資産で複製できるからで、その複製可能性(無裁定)の理論は金融工学の核心です。意思決定分析の立場では、 は「市場で取引できる不確実性を、裁定の余地なく評価するための重み」と理解し、市場で複製できないリスク(私的な事業リスク)には主観確率+効用(期待効用と効用関数)で対処する、と使い分けます。
⚠️ よくある誤解
- 「リスク中立確率=実際の確率」ではない: は評価のための仮想確率で、現実に上昇する確率 とは別物です。混同すると将来の確率予測を誤ります。
- 「二項モデルは市場で取引できる資産専用」ではない:複製可能な(市場性のある)リスクには無裁定で適用できますが、私的な事業リスクには複製が効かず、リスク中立評価の前提が崩れます。その場合は決定木+効用が無難です。
- 「期を増やせば必ず正確」ではない: の設定(ボラティリティの推定)が誤っていれば、格子を細かくしても誤った価値に収束します。入力の質が結論を決めます。
- 「格子は撤退・拡大に使えない」ではない:各ノードのペイオフを などに置き換えれば、撤退・拡大も同じ枠組みで評価できます。
対応シミュレーション
本文のコードで、期数 やボラティリティ( の開き)を変えると延期オプションの価値が動きます。ペイオフを撤退型 に変えれば、多期間の撤退オプションも評価できます。
関連ノート
- 第7章 リアルオプションと逐次決定 目次
- 延期・拡大・撤退オプション — 前提:オプションの種類
- 決定木と後ろ向き帰納 — 各ノードの判断は決定ノードと同じ
- 逐次意思決定と動的計画 — 次のトピック:格子の遡りを一般化
- 意思決定分析・リスク分析 全体目次