🎓 レベル:標準 | 重要度:A(必須)
📎 前提:決定木と後ろ向き帰納・延期・拡大・撤退オプション | 関連:金融工学(NPV・割引)・operations(設備計画)
要点(BLUF)
- 不確実性下の投資・設備判断は、3層で評価します:NPV(将来CFを割引)→ 決定木(状態の期待値を畳み込む)→ リアルオプション(柔軟性を加える)。
- 静的な期待NPVがマイナスでも、撤退・延期・拡大の柔軟性を織り込むとプラスに転じることがあります。柔軟性を無視すると優良案を却下しかねません。
- 割引の数理(現在価値・NPV)は金融工学のturf。ここでは不確実性と柔軟性を組み込んだ意思決定として統合します。
1. 三層で投資を評価する
設備投資の判断は、3つの層を重ねて評価すると見通しがよくなります。
- NPV層:将来のキャッシュフローを割引率で現在価値に直し、初期投資を引く(金融工学の割引)。
- 決定木層:将来が複数シナリオに分かれるなら、各シナリオのNPVを確率で重みづけ、期待NPVを求める(決定木と後ろ向き帰納)。
- オプション層:途中で撤退・延期・拡大できる柔軟性があれば、その価値を加える(延期・拡大・撤退オプション)。
多くの実務はNPV層で止まりますが、不確実性が大きい投資ほど決定木層とオプション層が効きます。
2. NPVと決定木:期待NPVで判断
初期投資1000(年0)、割引率10%。需要が高(0.5)なら年400、低(0.5)なら年150のキャッシュフローが4年続きます。
import numpy as np
cost0, r = 1000, 0.10
years = np.arange(1, 5)
pv_factor = np.sum(1 / (1+r)**years) # 4年の年金現価係数
npv_high = 400*pv_factor - cost0
npv_low = 150*pv_factor - cost0
e_npv = 0.5*npv_high + 0.5*npv_low
print(f"年金現価係数(4年,10%) = {pv_factor:.4f}")
print(f"NPV(高需要) = {npv_high:.1f}")
print(f"NPV(低需要) = {npv_low:.1f}")
print(f"期待NPV = {e_npv:.1f} -> {'投資' if e_npv>0 else '見送り(このままでは不可)'}")
出力:
年金現価係数(4年,10%) = 3.1699
NPV(高需要) = 267.9
NPV(低需要) = -524.5
期待NPV = -128.3 -> 見送り(このままでは不可)
出力の意味:高需要なら+267.9と魅力的ですが、低需要だと−524.5の大損。期待NPVは−128.3で、静的に見れば却下すべき投資です。ここで止めれば「やらない」が結論。しかし、これは「4年間ずっと続ける」前提での評価——もし途中でやめられるなら、話は変わります。
3. リアルオプションを足す:撤退で判断が変わる
1年後に需要が判明し、低需要と分かったら設備を売却価値800で手放して撤退できるとします(撤退オプション、延期・拡大・撤退オプション)。
import numpy as np
cost0, r = 1000, 0.10
pv_factor = np.sum(1 / (1+r)**np.arange(1, 5))
npv_high = 400*pv_factor - cost0
npv_low = 150*pv_factor - cost0
# 低需要なら:年0に投資 → 年1にCF150受領後、撤退して800回収
salvage = 800
npv_low_abandon = 150/(1+r) + salvage/(1+r) - cost0
# 各シナリオで「継続 vs 撤退」の有利な方を取る
e_npv_option = 0.5*npv_high + 0.5*max(npv_low, npv_low_abandon)
print(f"NPV(低・継続) = {npv_low:.1f}")
print(f"NPV(低・撤退) = {npv_low_abandon:.1f}")
print(f"撤退オプション込みの期待NPV = {e_npv_option:.1f} -> {'投資' if e_npv_option>0 else '見送り'}")
出力:
NPV(低・継続) = -524.5
NPV(低・撤退) = -136.4
撤退オプション込みの期待NPV = 65.8 -> 投資
出力の意味:低需要のとき、4年続ける(−524.5)より1年で撤退して800回収する(−136.4)方がはるかにマシ。撤退できるなら低需要シナリオの損失が大幅に圧縮され、期待NPVは−128.3から+65.8へ反転——却下すべきだった投資が、撤退の柔軟性を持たせると「やるべき」に変わります。同じ事業でも「逃げ道を設計に組み込めるか」で結論が逆転する。投資判断では、CFの見積りだけでなくどんなオプションを作り込めるかが価値を左右します。
数式の直観的意味:割引・期待・柔軟性は直交する3軸
投資評価の3層は、それぞれ異なる不確実性・時間の側面を担います。
- 割引(NPV):時間の不確実性でなく時間価値——「将来の1円は今の1円より軽い」。リスクは割引率 のリスクプレミアムに含める(金融工学のCAPM)。
- 期待(決定木):状態の不確実性を確率で平均。(投資/見送り)と (需要)の交替(決定木と後ろ向き帰納)。
- 柔軟性(オプション):将来の意思決定の自由。 で常に非負の価値(リアルオプションの考え方)。
この3軸は概ね独立に効くので、順に足し上げれば投資の真の価値に近づきます。静的NPVだけだと第3軸(柔軟性)を落とし、不確実性の高い投資を系統的に過小評価する——だから「不確実だからやらない」でなく「不確実だから逃げ道を設計して、やる」が正しい場面が生まれます。なお、リスクを割引率に込めるか効用で扱うかは流儀が分かれ、私的リスクの大きい事業では決定木+効用(期待効用と効用関数)の方が無難です。
⚠️ よくある誤解
- 「期待NPVがマイナスなら却下」ではない:撤退・延期・拡大の柔軟性を足すとプラスになる案件があります。静的NPVは柔軟性を無視します。
- 「割引率は1つに固定」ではない:リスクの異なるキャッシュフローには異なる割引率が理屈上は要ります。リスクを割引率に込めるか、決定木+効用で扱うかは設計判断です。
- 「IRRで判断すれば同じ」ではない:IRRは規模を無視し、CFの符号が複数回変わると複数解を持ちます。不確実性下の投資ではNPV(期待値)が安全です(金融工学のNPV/IRR論を参照)。
- 「サンクコストを計算に入れる」は誤り:すでに支出した回収不能なコストは、これからの判断に無関係です。将来のCFだけで評価します(プロスペクト理論のサンクコスト効果に注意)。
対応シミュレーション
本文のコードで、売却価値(撤退オプションの強さ)や需要確率を変えると、期待NPVが反転する閾値が見えます。延期・拡大オプションを足す拡張も同じ枠組みで可能です。
関連ノート
- 第9章 応用 目次
- 決定木と後ろ向き帰納 — 前提:期待NPVの畳み込み
- 延期・拡大・撤退オプション — 前提:柔軟性の価値
- モンテカルロ・シミュレーションによるリスク分析 — NPVの分布を求める
- 意思決定分析・リスク分析 全体目次