🎓 レベル:発展 | 重要度:B(標準)・要最新確認
📎 前提:ブラウン運動と幾何ブラウン運動 | 数理:ポアソン分布(統計)・関連:確率ボラティリティ(Hestonモデル)
要点(BLUF)
- ジャンプ拡散モデル(Merton)は、連続な GBM に突然のジャンプ(ポアソン過程)を加えます。暴落・急騰という不連続な値動きを直接モデル化します。
- ジャンプの回数はポアソン分布(ポアソン分布(統計))、大きさは正規分布。稀だが大きな動きが、極端な裾(高い尖度)とスマイルを生みます。
- GBM の連続経路では決して説明できない「ある日突然 」を捉えられるのが強み。短満期の急なスマイルやクラッシュリスクの表現に使われます(要最新確認)。
1. 連続モデルの限界とジャンプ
GBM(ブラウン運動と幾何ブラウン運動)の経路は連続で、価格は少しずつしか動きません。しかし現実の市場は、決算サプライズ・政策変更・パニックで一瞬にして大きく飛ぶことがあります。2020年のコロナ・ショックのような暴落は、連続な GBM では実質的に確率ゼロ。これを表現するには、拡散(連続)に**ジャンプ(不連続)**を足す必要があります。
2. Mertonジャンプ拡散モデル
Merton のモデルは、対数リターンを「連続な拡散部分」と「ジャンプ部分」の和で書きます。
- 拡散部分 :いつもの GBM の連続な揺れ。
- ジャンプ部分:微小時間に起きるジャンプ回数 は強度 のポアソン過程(平均 回)、各ジャンプの大きさ 。
ふだんは拡散だけで静かに動き、稀に(年 回ペースで)ジャンプが入って価格が飛ぶ——この「平時とショックの二層構造」が特徴です。
3. シミュレーション:ジャンプと裾
年1回ペース・平均 のジャンプを入れて、価格経路と裾の厚さを見ます。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
import japanize_matplotlib
from scipy import stats
rng = np.random.default_rng(1)
S0, mu, sigma = 100.0, 0.05, 0.15
lam, jump_mean, jump_std = 1.0, -0.10, 0.10 # 年1回, 平均-10%, ばらつき10%
T, N, M = 1.0, 252, 5000
dt = T/N
S = np.full(M, S0)
daily = np.zeros((M, N))
for i in range(N):
z = rng.normal(size=M)
diffusion = (mu - 0.5*sigma**2)*dt + sigma*np.sqrt(dt)*z # 連続部分(GBM)
n_jumps = rng.poisson(lam*dt, M) # この期間のジャンプ回数
jump = n_jumps*jump_mean + np.sqrt(n_jumps)*jump_std*rng.normal(size=M)
daily[:, i] = diffusion + jump
S = S*np.exp(diffusion + jump)
returns = daily.flatten()
print(f"ジャンプ拡散 日次リターン 超過尖度 = {stats.kurtosis(returns):.3f}")
print(f"純拡散(GBM)のみ 超過尖度 = {stats.kurtosis(rng.normal(0, sigma*np.sqrt(dt), returns.size)):.3f}")
print(f"最小日次リターン = {returns.min():.4f}(ジャンプによる急落)")
paths = S0*np.exp(np.cumsum(daily[:6], axis=1)) # 6本の価格経路
plt.figure(figsize=(8, 5))
plt.plot(np.linspace(0, T, N), paths.T, lw=1)
plt.xlabel("時間 t(年)"); plt.ylabel("価格")
plt.title("ジャンプ拡散の価格経路(突然の段差=ジャンプ)")
plt.tight_layout(); plt.show()
出力:
ジャンプ拡散 日次リターン 超過尖度 = 142.315
純拡散(GBM)のみ 超過尖度 = -0.002
最小日次リターン = -0.5039(ジャンプによる急落)
出力の意味:純粋な GBM の日次リターンは超過尖度ほぼ0(正規)ですが、ジャンプを入れると 142 と桁違いに跳ね上がります。ほとんどの日は拡散だけで静かなのに、稀にジャンプが入って極端な値が出る——この「大半が穏やか・たまに激変」の混合が、超過尖度を爆発させます。最小日次リターンは (単日 の急落)で、これは連続な GBM では天文学的にありえない動き。価格経路の図でも、なめらかな線が突然の段差で飛ぶのが見えます。ジャンプ拡散は、こうしたテールイベントに正面から確率を与えるモデルです。
4. スマイルとの関係
ジャンプ拡散も、インプライドボラティリティ のスマイルを生みます。とくに短満期では、Heston のような確率ボラだけでは説明しにくい急峻なスマイルを、ジャンプが自然に作ります(短期間では拡散の揺れは小さいが、ジャンプ1発のインパクトは大きいため)。実務では確率ボラとジャンプを組み合わせた SVJ(Stochastic Volatility with Jumps) モデルが、短満期から長満期までのスマイルを一貫して再現するために使われます(要最新確認)。Merton モデル自体は、ジャンプを条件づけると各シナリオで BS が使えるため、級数和の閉形式でオプション価格が書ける利点もあります。
⚠️ よくある誤解
- ジャンプは「予測できる暴落」ではない:いつ来るかはポアソン過程でランダム。モデルは「どれくらいの頻度と大きさで起こりうるか」を確率的に与えるだけで、タイミングは予測しません。
- ジャンプがあると完全な複製ができない:連続なデルタヘッジ(BS方程式の導出)は、ジャンプで株価が飛ぶ瞬間に破れます。市場が不完備になり、リスク中立測度が一意でなくなる——ジャンプ・リスクには別途プレミアムが乗ります(要最新確認)。
- 超過尖度の数値はテールに敏感:少数の極端なジャンプが値を支配するため、尖度の推定値はサンプルで大きくぶれます。「桁違いに大きい」という定性的事実が本質で、142 という値そのものは精密な量ではありません。
関連ノート
- 第9章 発展トピック 目次
- ブラウン運動と幾何ブラウン運動 — 前提:連続な拡散部分
- ポアソン分布(統計)— ジャンプ回数の分布
- 確率ボラティリティ(Hestonモデル) — もう1つのスマイル生成機構(SVJで併用)
- 金融工学テキスト 全体目次