🎓 レベル:標準 | 重要度:A(応用の起点) 📎 前提:ブラウン運動の定義と性質
要点(BLUF)
- 幾何ブラウン運動(GBM):。変化率が一定平均・一定分散の正値過程。株価・人口・濃度など「掛け算で増減する量」のモデル。
- 解は 。 は対数正規分布に従い、常に正。
- 平均は で成長するのに、典型的な経路(中央値)は でしか伸びない。差 がボラティリティ・ドラッグです。
概念
ブラウン運動は負の値もとり、加法的に動きます。しかし株価や個体数は正で、「何円増えた」より「何%増えた」が自然。そこで対数をブラウン運動でモデル化したのが幾何ブラウン運動です。変化率(リターン)が独立・定常なガウスになり、値そのものは指数で正値に保たれます。
数式による定式化
確率微分方程式(確率微分方程式とEuler-Maruyama)
の解は、伊藤の公式を に適用して得られます:
(対数正規)。モーメントは
直観
要するに「平均は派手に伸びるが、自分が歩く道は地味」。指数関数は凸なので、大きく上振れした経路が平均を吊り上げます。だが中央値(典型的な経路)は より だけ低い率でしか伸びない。複利の世界では、上下に同じ%振れると幾何平均が下がる(+50%と-50%を交互にやると元本割れ)— この目減りがボラティリティ・ドラッグ の正体です。伊藤の補正項そのものが、現実の「ばらつきは複利の敵」を表しています。
具体例
で GBM を生成し、平均が 、中央値が 、対数リターンの平均が に一致することを確認します。
import numpy as np
rng = np.random.default_rng(3)
S0, mu, sigma, T = 100.0, 0.10, 0.30, 2.0
n = 500000
W = rng.normal(0, np.sqrt(T), n) # B_T ~ N(0, T)
S = S0*np.exp((mu - 0.5*sigma**2)*T + sigma*W)
print(f"E[S_T]={S.mean():.3f} (理論 S0 e^(mu T)={S0*np.exp(mu*T):.3f})")
print(f"中央値={np.median(S):.3f} "
f"(理論 S0 e^((mu-sig^2/2)T)={S0*np.exp((mu-0.5*sigma**2)*T):.3f})")
print(f"E[log(S_T/S0)]={np.log(S/S0).mean():.4f} (理論 (mu-sig^2/2)T={(mu-0.5*sigma**2)*T:.4f})")
# E[S_T]=122.178 (理論 S0 e^(mu T)=122.140)
# 中央値=111.630 (理論 S0 e^((mu-sig^2/2)T)=111.628)
# E[log(S_T/S0)]=0.1103 (理論 (mu-sig^2/2)T=0.1100)
平均は 倍(122)に伸びる一方、中央値は 倍(111.6)止まり。 なのに典型的な対数成長は 年率 — ボラティリティ が の目減りを生んでいます。
他過程との関係
- GBM はブラウン運動の定義と性質を指数で正値化した過程で、解の導出には伊藤の公式の補正項 が本質的に効きます。
- はドリフト付きブラウン運動(算術ブラウン運動)。 はマルチンゲールの定義と例の指数マルチンゲールです。
- ブラック=ショールズのオプション価格付けは GBM を仮定した応用 → 金融工学へ wikilink。ここでは過程の確率法則(対数正規・ドラッグ)に集中します。
数式の直観的意味
補正項 は、ナイーブに「」と書いてしまう誤りを正します。 は凹関数なので、伊藤の公式の が現れる。二次変分が (ブラウン運動の定義と性質)であることの直接の帰結で、「ばらつきが大きいほど対数成長が削られる」という現実の経済的含意を持ちます。
⚠️ よくある誤解
- ドリフト は中央値の成長率ではない。 は で伸びますが、典型的な経路は 。「期待リターン」と「実感する成長」は だけ食い違います。
- (ジェンセンの不等式)。平均で考えるか対数平均で考えるかで結論が変わります。
- GBM は連続経路でジャンプしない。現実の急落はジャンプ過程(複合ポアソン 非斉次・複合ポアソン過程 との合成)でないと表せません。
対応シミュレーション
本文は終端 を直接サンプルした厳密解。経路全体は確率微分方程式とEuler-Maruyamaの数値解法で生成でき、stochastic-processes-study/simulations/ に両者の比較を置きます。
関連
- 前提:ブラウン運動の定義と性質
- 章のまとめ:ブラウン運動 目次
- 発展:伊藤の公式、確率微分方程式とEuler-Maruyama、価格付け(→金融工学)