🎓 レベル:標準 | 重要度:A(橋渡し) 📎 前提:幾何ブラウン運動、伊藤の公式、停止時刻と任意停止定理
要点(BLUF)
- 株価を幾何ブラウン運動でモデル化し、無裁定(ただ乗りの儲けがない)を課すと、デリバティブの価格はリスク中立測度での割引期待値に一意に定まります。
- リスク中立測度では、ドリフトが実際の期待リターン ではなく無リスク金利 に置き換わります(測度変換=ギルサノフ)。
- 確率過程側の担当は「無裁定がなぜ割引マルチンゲール条件になるか」という構造。価格式・ヘッジ・ボラティリティ推定の詳細は金融工学へ wikilink します。
概念
オプションの公正価格はいくらか。答えの鍵は「裁定機会がない」という一点です。複製ポートフォリオでオプションの支払いを再現できるなら、その複製コストが価格。無裁定を数学的に書くと「割引した価格過程がマルチンゲールになる確率測度(リスク中立測度)が存在する」となり、価格は単なる割引期待値の計算に帰着します。
数式による定式化
リスク中立測度 の下で株価は
ペイオフ を持つデリバティブの価格は割引期待値:
ヨーロピアン・コール()では、この期待値が解析的に解けてBlack-Scholes 式:
直観
要するに「儲けの取り損ねがないように価格を逆算する」。実際の期待リターン は価格に効きません(リスク選好が複製で打ち消される)。代わりに無リスク金利 で割り引く。リスク中立測度は「実際にその確率で動く」のではなく「無裁定価格を計算するための便宜的な物差し」です。割引価格がマルチンゲール(マルチンゲールの定義と例)になる、という条件が無裁定の数学的な姿です。
具体例
リスク中立測度でのモンテカルロ価格(割引ペイオフ平均)が Black-Scholes 式に一致することを確認します。
import numpy as np
from scipy.stats import norm
rng = np.random.default_rng(1)
S0, K, r, sigma, T = 100.0, 105.0, 0.03, 0.2, 1.0
n = 2_000_000
Z = rng.standard_normal(n)
ST = S0*np.exp((r - 0.5*sigma**2)*T + sigma*np.sqrt(T)*Z) # リスク中立測度
mc = np.exp(-r*T)*np.maximum(ST - K, 0).mean() # 割引期待ペイオフ
d1 = (np.log(S0/K) + (r + 0.5*sigma**2)*T)/(sigma*np.sqrt(T))
d2 = d1 - sigma*np.sqrt(T)
bs = S0*norm.cdf(d1) - K*np.exp(-r*T)*norm.cdf(d2)
print(f"コール価格 MC={mc:.4f} Black-Scholes式={bs:.4f}")
# コール価格 MC=7.1216 Black-Scholes式=7.1281
ドリフトを に置き換えて割引期待値を取るだけで、解析解(Black-Scholes)と一致します。確率過程の理論(GBM+無裁定+マルチンゲール)が価格式を生んでいます。
他過程との関係
- 価格の解 は幾何ブラウン運動、ドリフト置換()の正当化は伊藤の公式と測度変換、無裁定=割引マルチンゲールはマルチンゲールの定義と例。本章は3つの理論の合流点です。
- バリアオプションは反射原理と最大値分布、アメリカンオプションの最適行使は停止時刻と任意停止定理の最適停止に対応します。
数式の直観的意味
「ドリフトが消えて になる」のは、複製ポートフォリオがリスクを完全にヘッジするため、投資家のリスク選好(期待リターン要求)が価格に入り込めないからです。これは確率過程の測度変換(同値マルチンゲール測度)という抽象構造の、最も具体的で経済的な現れです。
⚠️ よくある誤解(※詳細は金融工学へ)
- リスク中立確率は実世界の確率ではない。価格計算のための仮想的測度で、実際の株価の上がりやすさを表しません。
- ドリフト が価格に出ないのは複製可能な場合のみ。市場が不完備(ジャンプ・確率ボラ)だと一意の価格が定まりません。
- ここでは過程の構造に集中します。インプライド・ボラティリティ、ギリシャ指標、ヘッジ実務は金融工学のノートへ。
対応シミュレーション
経路依存オプション(アジアン・バリア)は確率微分方程式とEuler-Maruyamaの経路生成と組み合わせて評価します(stochastic-processes-study/simulations/)。
関連
- 前提:幾何ブラウン運動、伊藤の公式
- 深掘り:幾何ブラウン運動・無裁定・デリバティブ価格付け(→金融工学)
- 章のまとめ:応用と他分野への接続 目次