🎓 レベル:発展 | 重要度:A(必須)
📎 前提:VaR(バリュー・アット・リスク)・CVaR(期待ショートフォール) | 関連:数理最適化(凸リスク最小化)
要点(BLUF)
- 整合的リスク測度(coherent risk measure) は、Artzner らが提案した「良いリスク測度が満たすべき4公理」を満たす測度:単調性・劣加法性・正斉次性・移動不変性。
- 劣加法性 が核心。「分散投資はリスクを増やさない」という常識を測度に課す条件です。
- VaR は劣加法性を破る(分散投資を罰しうる)ため整合的でなく、CVaR は4公理すべてを満たす。公理は、測度を選ぶときの客観的な判定基準を与えます。
1. 4つの公理
リスク測度 (損失 に対し必要資本のような実数を返す)が整合的であるとは、次の4条件を満たすことです。
- 単調性(monotonicity):(常に の損失が小さい)なら 。損失が大きい方がリスクも大きい。
- 劣加法性(subadditivity):。合算(分散投資)でリスクは増えない。
- 正斉次性(positive homogeneity):()。ポジションを2倍にすればリスクも2倍。
- 移動不変性(translation invariance):(確実な損失 を足すとリスクもちょうど 増える)。確実な現金を加えるとその分だけリスク(必要資本)が動く。
このうち劣加法性が最も本質的です。これが破れると、「2つの部門を別会社にした方が、合算より必要資本が小さい」といった、分散投資の効果を否定する不合理が生じます。
2. VaR は劣加法性を破る
VaR が整合的でないことを、具体例で示します。独立な2つの社債 A・B。各々:確率0.97で生存し損失 −2(クーポン益)、確率0.03でデフォルトし損失 +100。
import numpy as np
p_def = 0.03
alpha = 0.95
def var_discrete(values, probs, alpha):
order = np.argsort(values)
v, p = values[order], probs[order]
cum = np.cumsum(p)
idx = min(np.searchsorted(cum, alpha), len(v)-1)
return v[idx]
# 単独社債 A:損失 -2(0.97)、+100(0.03)
loss_A = np.array([-2.0, 100.0]); prob_A = np.array([1-p_def, p_def])
# ポートフォリオ A+B(独立):両生存 / 片方デフォルト / 両デフォルト
loss_AB = np.array([-4.0, 98.0, 200.0])
prob_AB = np.array([(1-p_def)**2, 2*(1-p_def)*p_def, p_def**2])
var_A = var_discrete(loss_A, prob_A, alpha)
var_AB = var_discrete(loss_AB, prob_AB, alpha)
print(f"VaR_0.95(A) = {var_A:.1f} -> VaR(A)+VaR(B) = {2*var_A:.1f}")
print(f"ポートフォリオ損失分布: {loss_AB} 確率 {np.round(prob_AB,4)}")
print(f"VaR_0.95(A+B) = {var_AB:.1f}")
print("劣加法性 VaR(A+B) <= VaR(A)+VaR(B):",
"成立" if var_AB <= 2*var_A else "違反!(分散投資が罰される)")
出力:
VaR_0.95(A) = -2.0 -> VaR(A)+VaR(B) = -4.0
ポートフォリオ損失分布: [ -4. 98. 200.] 確率 [0.9409 0.0582 0.0009]
VaR_0.95(A+B) = 98.0
劣加法性 VaR(A+B) <= VaR(A)+VaR(B): 違反!(分散投資が罰される)
出力の意味:単独の社債は、デフォルト確率3% < 5% なので 95% VaR は「生存時の損失 −2」(むしろ利益)。和は −4 です。ところがポートフォリオでは、少なくとも片方がデフォルトする確率が になり、95%水準でデフォルト損失98が顔を出す——VaR(A+B)=98。つまり で、分散投資した方がVaRが激増。「分けて持てばリスクが減る」という直観に真っ向から反します。VaR が劣加法性を破る教科書的な例です。
3. CVaR は4公理を満たす
同じ例で、CVaR(期待ショートフォール)を正しい定義(最悪 の確率質量の平均、VaRバケットは部分的に取り込む)で計算すると、劣加法性が回復します。
import numpy as np
def es_discrete(values, probs, alpha):
"""期待ショートフォール:最悪 (1-alpha) の確率質量の平均損失"""
order = np.argsort(values)[::-1] # 損失の大きい順
v, p = values[order], probs[order]
tail = 1 - alpha
acc_p, acc_val = 0.0, 0.0
for vi, pi in zip(v, p):
take = min(pi, tail - acc_p) # 残りの裾質量だけ取り込む
if take <= 0: break
acc_val += vi * take; acc_p += take
return acc_val / tail
p_def = 0.03
loss_A = np.array([-2.0, 100.0]); prob_A = np.array([0.97, 0.03])
loss_AB = np.array([-4.0, 98.0, 200.0])
prob_AB = np.array([0.97**2, 2*0.97*0.03, 0.03**2])
es_A = es_discrete(loss_A, prob_A, 0.95)
es_AB = es_discrete(loss_AB, prob_AB, 0.95)
print(f"CVaR_0.95(A) = {es_A:.2f} -> CVaR(A)+CVaR(B) = {2*es_A:.2f}")
print(f"CVaR_0.95(A+B) = {es_AB:.2f}")
print("劣加法性 CVaR(A+B) <= CVaR(A)+CVaR(B):",
"成立(分散効果を正しく評価)" if es_AB <= 2*es_A + 1e-9 else "違反")
出力:
CVaR_0.95(A) = 59.20 -> CVaR(A)+CVaR(B) = 118.40
CVaR_0.95(A+B) = 99.84
劣加法性 CVaR(A+B) <= CVaR(A)+CVaR(B): 成立(分散効果を正しく評価)
出力の意味:同じ社債でも CVaR で見ると、CVaR(A+B)=99.84 が個別の和 118.40 を下回り、劣加法性が成立します。つまり CVaR は「分散投資でリスクが減った(118→100)」と正しく評価する。VaR が −4 vs 98 で破綻したのと対照的です。CVaR は裾の平均を取るため、デフォルトの「深さ」を VaR のように見落とさず、合算の効果も整合的に扱えます。CVaR は単調性・正斉次性・移動不変性も満たし、整合的リスク測度です。
数式の直観的意味:公理は「測度の憲法」
4公理は天下りではなく、リスク測度が必要資本(バッファ)として機能するための最小要件です。
- 移動不変性は「リスク だけ現金を積めば、 のリスクはゼロ()」を保証——リスク測度を必要資本として解釈可能にする条件。
- 劣加法性+正斉次性は合わせて凸性 を生みます。凸なリスク測度は最適化(最小化)が素直で、局所最適が大域最適になる。CVaR が凸最適化に乗る(CVaR(期待ショートフォール))のはこのおかげです。
整合性の理論は「どんな測度が許されるか」を表現定理で特徴づけます——整合的リスク測度は、ある確率分布の集合(シナリオ集合)上での最悪期待損失 として書ける。これは確実性・リスク・不確実性の曖昧性回避(複数の確率を考え最悪を取る)と同じ構造で、リスク測度と不確実性下の意思決定が公理レベルで繋がっていることを示します。なお正斉次性を緩めた凸リスク測度へ拡張すると、流動性リスク(大きいポジションは比例以上に危険)も扱えます。
⚠️ よくある誤解
- 「VaRは使ってはいけない」ではない:VaRは直感的で報告に有用です。整合的でないのは事実ですが、楕円分布(正規等)の下では劣加法性も成り立ちます。問題は裾の厚い・非対称な分布のとき。
- 「劣加法性は常に成り立つべき直観」と侮らない:上の例の通り、確率の低い大損失(デフォルト型)では分散投資がVaRを増やしうる。直観に反する現象が現実に起きます。
- 「CVaRなら万能」ではない:CVaRは整合的ですが、裾の推定にデータを要し、信頼水準 の選択にも依存します。公理を満たすことと推定精度は別問題です。
- 「正斉次性は当然」ではない:大きなポジションは流動性の悪化で比例以上に危険になりえます。これを捉えるには正斉次性を緩めた凸リスク測度が要ります。
対応シミュレーション
本文の2つのコードが、VaRの劣加法性違反とCVaRの成立を同じ社債例で対比します。デフォルト確率 を動かすと、… ではなく が5%を跨ぐ付近でVaRの違反が顕在化することを確認できます。
関連ノート
- 第5章 リスク測度とリスク管理 目次
- VaR(バリュー・アット・リスク) — 前提:VaRの定義
- CVaR(期待ショートフォール) — 前提:CVaRの定義と凸性
- 確実性・リスク・不確実性 — 最悪期待損失と曖昧性回避の対応
- 意思決定分析・リスク分析 全体目次